CHAPTER2|SERIEA ACミラン

(4−3−2ー1)

○11
○9   ○10

○7       ○8
○6

○2   ○3  ○4   ○5

○1
	

メンバー表(03-04)

番号 選手名
1 ジーダ
2 パンカロ
3 マルディーニ
4 ネスタ
5 カフー
6 ピルロ
7 セードルフ
8 ガットゥーゾ
9 カカ
10 ルイ・コスタ
11 シェフチェンコ
監督 アンチェロッティ

◇サッキという突然変異
かつてイタリアでは、フルコートのマンツーマンディフェンスが主流だった
・後方にリベロを余らせた上で、敵を前線から順番に捕まえている
・攻撃は前線に残った2、3人によるカウンター頼り、俗にいう”カテナッチョ”である
→その流れを根底から覆したのが、サッキだった

イタリアサッカー史の文脈でいうなら、サッキの最大の功績は「ゾーンディフェンス」の導入にある
・古典的な「マンツーマンディフェンス」から、組織的な「ゾーンディフェンス」へ
 イタリアサッカー界は、サッキ以前と以後では大きく転換した

ゾーンディフェンスの起源は、19世紀後半のピラミッドシステムにまで遡る
・2-3-5のいわば2バックシステムだ
・その後、ヨーロッパではアーセナルのチャップマンが考案したWMシステムが長きにわたり主流を占めた
・当時の守備方法は、典型的なフルコートの「マンツーマンディフェンス」だった

一方、50年代頃から南米では2バックから派生したゾーンディフェンスの4バックシステムが登場
・ヨーロッパでも同じく50年代に「マジックマジャール」と呼ばれたハンガリー代表が、一部ゾーンディフェ ンスを採用し、その流れはイングランドソ連に受け継がれる
・だが、イタリアやドイツはマンツーマンをベースに独自の戦術を熟成させていき、結果も残していた
  →サッキは、そんなイタリアに突然表れた革命児だった

サッキの画期的だった点
・「ゾ−ンディフェンス」「プレッシング」「オフサイドトラップ」という今まで個別に存在していた概念を有機 的にリンクさせたこと
・フォーメーションはピッチを均等にカバーする「ゾーンディフェンス」の4-4-2
 果敢な「オフサイドトラップ」でフラットな4バックを押し上げてコンパクトなエリアを作り、そこで強烈な 「プレッシング」を仕掛ける
  
◇現代サッカーのパラドックス
サッキの改革に伴い、求められる選手の質も変化している
・当時危惧されていたのが、技術のある選手が淘汰され、技術はないが走れる選手が重宝されることだった
→これではサッカーがつまらなくなってしまう、というのがその根拠だった

確かにそうした面はあった
・特にサッキの影響が色濃かった頃のイタリアでは、猫も杓子も4-4-2を採用
・すべての選手に均等にタスクを割り当てることを基本にしたこのシステムでは、ファンタジスタの居場所はそ れこそセカンドトップくらいしかなかった
バッジョのように得点力があればまだしも、パサータイプの選手は居場所がなくなってしまったのである

革命的な出来事のあと、必要以上にそれに引きずられてしまうのは、サッカーに限らずよくあることだ
・そうした過渡期を経て、イタリアではゾーンディフェンスを受け継ぎながら、さまざまなフォーメーションを 採用する監督が現れるようになった
ラツィオローマを率いたゼーマンの4-3-3
 ザッケローニウディネーゼで開発したゾーンの3バックの3-4-3
 リッピもユベントスで時代に同じくゾーンの3バックの3-4-1-2
  →フォーメーションにバリエーションが生まれたことで多少は緩和されたが、ファンタジスタの受難は続く

ファンタジスタ本来の能力は、客観的に数値化できないものだ
・自らのワンプレー(ボールのないところでの動きを含む)が、敵や味方にどんな相互作用を与えるかを理解し、 数秒先のビジョンを描く=それが創造性である
  →そうした能力を持っている選手は特別であるがゆえに、勝負を決めるキーマンになった
・ところが、サッキ登場以後のサッカーでは選手の足切りラインが異常なまでに上がってしまった
  →身体の強さ、運動量、戦術理解度が前提条件
・それらを備えてはじめてゲームに参加できる
  →もともと稀有だった存在は時代の流れにはじかれ、さらに日の目を浴びにくくなった

プレッシング導入以後、トップ下の選手には当たり負けしない身体の強さが求められるようになった
・比較的プレッシャーが緩いサイドに関しても、タッチラインを何度も上下動できる運動量が必須条件
・身体が強くないトップ下はボールを受けられずゲームから消えてしまい、運動量が少ないサイドはチームに決 定的な穴を作ってしまう
・生き残ったのは、創造性と身体の強さを兼ね備えたジダントッティという稀有な例外だけ
  →勝つことを優先させれば、ファンタジスタが消えていったのは必然だった

サッキ以後のサッカーに対する識者たちの危惧
・技術の軽視がサッカーをつまらなくしているは、究極のパラドックス
 過去の現在のチームが戦ったら、おそらく後者が勝つだろう
  →だが、どちらが魅力かと問われれば答えはわからない
アンチェロッティの挑戦
ピルロは、まさにその犠牲者だった
・早くから才能を嘱望されながらビッグクラブではポジションを確保できず、伸び悩んでいた
ミラン加入後もテリム監督の1年目は完全な構想外

そんな彼に転機が訪れたのは、アンチェロッティが就任した02-03シーズンだった
・従来ならば潰し屋が入ることが多かった中盤の底のポジションに抜擢されると、相手のプレッシャーが少ない 位置で、水を得た魚のように躍動した
・質の高いボールハンドリングを生かして少ない手数で前を向き、攻撃の流れを作るショートパス、1発で相手 のDFラインを破るピンポイントのロングパスを駆使して、ミランの攻撃をリードした

このコンバートはピルロの直訴によってなされたもの
・だが、見逃されないのはアンチェロッティ独特の戦術コンセプト
  →可能な限り多くのファンタジスタをピッチ上で共存させる
   ピルロ以外にリバウドルイ・コスタセードルフの4人のファンタジスタを同時起用
・フォーメーションはのちに「クリスマスツリーシステム」と呼ばれる4-3-2-1だ
・サッキのミランが先鞭をつけた現代サッカー究極の命題に、当時のチームでプレーしていた愛弟子のアンチェ ロッティが真っ向から挑戦状を叩きつけたのである

ファンタジスタの共存を成り立たせる鍵は、攻守のバランスの取り方にあった
・通常、ファンタジスタを起用する場合、カバー役の守備的な選手とセットで使うことが多い
  →ジダンマケレレのコンビはその典型である
・だが、アンチェロッティはチーム戦術というマクロな視点から、現代サッカーでのファンタジスタ起用という 難問にアプローチした
  →ボールを支配することで守備機会そのものを減少させようと目論んだのである

イタリア人は、ボールポゼッションをもっとニュートラルに捉えている
 それ自体に優劣はなく、戦略の一種
  ・相手を引き出した方が点を取れる思えば躊躇なく放棄し、場合によっては時間稼ぎの道具にする
彼らは、相手の守備組織が整う前の攻撃=カウンターこそが最大の得点機だと考えている

アンチェロッティの攻守のバランスの取り方
・このイタリアのボールポゼッションに対する割り切った考え方を色濃く反映している
・パス技術の高いファンタジスタを同時起用することでボールポゼッションを高め、相手に攻めさせない
 ただし、パス回しは安全第一
  →スペースへのパスなどボールロストする確率の高いパスはなるべき控え、勝負パスは相手にボールを奪わ   れても問題ないエリアに限定する
・最大の武器はピルロのロングパスからのカウンターとセットプレー
 そして時折見せる天才たちによる即興の コンビプレー
  →ファンタジスタの能力を分解、再構築して、現代サッカーに適応させたのである
就任1年目
・CBタイプのカラーゼとシミッチをSBに起用しリスクを管理していた
  →だが、システムの成熟度が高まるにつれてカフーセルジーニョなどの攻撃的な顔ぶれに変化
※カカが加わりセリエA優勝、CL準優勝を果たした03-04シーズンが、強さのピークだったかもしれない

近年はレベルの高い相手と対戦する時
・攻撃時は4-3-2-1、守備時は4-4-1-1という可変型のシステムで攻守のバランスを取っている
  →当初のコンセプトは徐々に薄まっている

この現代サッカーを斜めから見たようなシニカルなスタイルをどう見るかは、評価が分かれるところだ
・起用されているメンバーを見て攻撃的という人もいるし、ダイナミズムの足りない内容に試合不満を覚える人 もいるだろう
  →ひとつ言えることは、アンチェロッティの発想の原点にあるのは「美しいサッカーをして勝つ」というビ   ッグクラブの名に恥じない崇高な目標である
・「勝つ」だけなら、ファンタジスタの同時起用という発想は絶対に出てこない
  →イタリア的なリアリズムでサッカーの究極の命題に挑んだ冒険的なチーム、それが彼らに対する正当な評   価だと思う